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福井地方裁判所 昭和31年(ワ)128号 判決

参加人 吉田スエノ

原告 (一部脱退) 竹内栄

被告 生田嘉子

主文

(一)  原告の被告に対する、金三十七万円及びこれに対する昭和三十年六月二十八日以降完済まで年六分の割合による金員の支払を求める請求部分(昭和三十一年(ワ)第一二八号事件)は昭和三十二年九月三日原告のした訴訟脱退により終了した。

(二)  被告は、原告に対し金五万円及びこれに対する昭和三十一年八月四日以降完済まで、年六分の割合による金員の支払をせよ。

(三)  原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

(四)  被告は、参加人に対し金三十七万円及びこれに対する昭和三十年六月二十五日から完済まで、年六分の割合による金員の支払をせよ。

(五)  訴訟費用中、原告と被告との間に生じた部分はこれを十分しその一を原告、その余を被告の負担とし、参加人と被告との間に生じた部分は、被告の負担とする。

(六)  この判決の第二項及び第四項は、被告のため、それぞれ、原告において金二万円、参加人において金十二万円の各担保を供するときは、仮に、執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、当初は、「被告は、原告に対し金四十二万円竝びに、内金五万円については、昭和二十九年五月十一日以降、内金三十七万円については、昭和三十年六月二十八日以降各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めたが、昭和三十二年九月三日午後一時の本件口頭弁論期日において、右金三十七万円の請求部分については本件訴訟から脱退したため、結局、「被告は、原告に対し金五万円及びこれに対する昭和二十九年五月十一日から完済まで、年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

参加人訴訟代理人は、「被告は、参加人に対し金三十七万円及びこれに対する昭和三十年六月二十五日から完済まで、年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は、原告の請求に対し「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、参加人の請求に対し「参加人の請求を棄却する。」との判決を求めた。

第二当事者双方の主張

(原告の主張)

原告訴訟代理人は、請求原因及び被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)  被告は、昭和二十九年三月十日参加人に宛てて、金額五万円、満期同年五月十日、振出地支払地とも福井市、支払場所福井市千歳町十二番地(当時被告の住所)と定めた約束手形(以下、単に、本件甲手形という)を振り出し、参加人は、満期に支払場所においてこれを呈示したがその支払を拒絶された。そして、原告は、昭和三十一年一月頃参加人から右手形を白地裏書で譲渡を受けその所持人となつたので、ここに、原告は、被告に対し右手形金五万円及びこれに対する呈示日の翌日である昭和二十九年五月十一日から完済まで、手形法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

(二)  被告主張事実中、前叙の如く、原告が参加人から本件甲手形を期限後裏書で譲渡を受けたこと及び参加人が、被告から後叙の金三十七万円の手形の振出を受けたことは認めるが、その余の被告主張事実は争う。被告は、昭和二十九年三月十日参加人に対し、貸座敷極楽を買い受けたところ売主が明渡をしないため、その明渡料として金五万円を要するとして、一ケ月間金五万円を借り受けたい旨申し入れて来たので、同日参加人は、被告に対し金五万円を貸与した際、被告は、本件甲手形を差し入れたものである。したがつて、この点を言為する被告の主張は、全く、理由がない。

(三)  なお、原告は、後記本件乙手形の請求部分については、参加人の参加申立に伴い、昭和三十二年九月三日午後一時の口頭弁論期日に、本件訴訟から脱退した。

(参加人の主張)

参加人訴訟代理人は、参加の理由及び被告の主張に対する答弁として、次のとおり述べた。

(一)  被告は、昭和二十九年六月二十六日参加人に宛てて、金額三十七万円、満期昭和三十年六月二十五日、振出地支払地とも福井市、支払場所福井市千歳町十一番地三共社と定めた約束手形(以下、単に、本件乙手形という)を振り出し、参加人はその所持人となつたので、同年六月二十七日支払場所においてこれを呈示したがその支払を拒絶された。そして、参加人は、昭和三十一年一月頃右手形を脱退原告に白地裏書で譲渡し、同原告は、その所持人となつたので、被告を相手取つて福井地方裁判所に対し右手形金請求の訴(当庁同年(ワ)第一二八号)を提起した。ところが、参加人は、昭和三十二年五月二十日再び脱退原告から本件手形の裏書譲渡を受けてその所持人となつたので、ここに、被告に対し右手形金三十七万円及びこれに対する満期たる昭和三十年六月二十五日から完済まで、手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求めるため参加に及ぶ。

(被告の主張)

被告訴訟代理人は、原告の主張に対する答弁及び抗弁として

(一)  原告主張事実中、被告が、本件甲手形を振り出した事実は認めるが、その余の原告主張事実は否認する。

(二)  仮に、原告が、その主張の如くして本件甲手形の所持人であるとしても、被告にその支払義務はない。すなわち、被告は、参加人に宛てて本件甲手形を振り出し、その満期後たる昭和二十九年六月二十六日、更めて参加人に対し、本件甲手形金額五万円を含めて合計金三十七万円の本件乙手形を振り出したものであるから、これによつて、本件甲手形は所謂手残り証文として失効に帰したのである。しかるところ、被告は、期限後裏書によつて本件甲手形を取得したものであるから、被告は、参加人に対する右抗弁を以て原告に対抗し得べき筋合である。

(三)  なお、被告は、原告のした本件乙手形請求部分に関する脱退については異議がある

と述べ

参加人の主張に対する答弁及び抗弁として

(一)  参加人の本件参加は不適法として許されない。すなわち、本件参加は民事訴訟法第七十一条に基くものであるから、本来、参加人は、原被告双方を相手として参加すべく、右三者間には利害が対立するのが当然である。

したがつて、原告の訴訟代理人が、その対立当事者たる参加人を代理して参加することは許されないこと明白であるから、この点において、本件参加は不適法といわねばならない。

(二)  参加人主張事実中、被告が、参加人に宛てて本件乙手形を振り出した事実は認めるが、その余の参加人主張事実は知らない。

(三)  仮に、参加人が、本件乙手形の所持人であるとしても、被告はその支払義務なきものである。以下、その理由を述べる。

(1)  被告は、不動産の売買を営んでいたところ、昭和二十九年一月訴外森永孝から、福井市田原下町四字四番宅地百三十八坪三合二勺、同三番のイ宅地五十七坪七合六勺を、代金坪当り金一万円の割合で買い受け手附金二十万円を支払つた。

ところで、参加人は、訴外武内勝の紹介で昭和二十九年二月頃から同年六月頃まで、被告方で起居を共にしていた者であるが、被告の右土地売買の仲間に加えてほしい旨の申出があつたので、被告は、参加人において右売買に参加し資金を調達してくれるならば、その利益の大半を参加人に交付する旨を回答したところ、参加人はこれに同意したので、ここに、被告は、参加人及び前記武内勝を加えて三名の共同事業として右土地売買をなすこととなつた。

(2)  そこで、被告は、右約定に基き同年四月参加人から金三十二万円の交付を受け、うち金二十万円を森永に支払い、残額は同年六月に支払うことを約した。しかるに、その後に至り、参加人は、右土地代金の残額の調達をしないのみならず、すでに、被告に提供した三十二万円と、さきに、本件甲手形によつて受領した金五万円の合計金三十七万円を含めて本件乙手形を振り出さしめて、被告にその支払義務あることを確認させようとしたので、昭和三十年六月二十八日被告は、当初の約旨と異ることを指摘し、参加人と被告間においては、右土地売買に関する協定は参加人側の違約によつて破約になつたことを確認し、本件乙手形については、右土地売買或は、被告の取引した他の土地売買によつて利益があれば支払うべく、右手形に基いてはその支払をしないこと及び右土地は、被告において他に金主をみつけてその解決をすることを確約し、参加人方において三者間で、覚書(乙第一号証)を作成した。右覚書は文詞に欠けるところはあるが、要するに、三者間において、(イ)参加人の出捐した前記三十二万円、本件甲手形による金五万円及び別途支出金二万五千円合計金三十九万五千円、(ロ)竹内勝が被告から受け取るべき金員を被告に予託しておいた金二十万円、(ハ)被告が計数上出資したことになつた金二十三万円は、いずれも、一応支払指定期日である昭和二十九年七月十日までに、参加人において資金を調達しなかつたので破約になつたことを明確にしたものである。

しかるところ、被告は、訴外福井不動産株式会社の谷内嘉造から金百万円を借り受けて、これを右土地の売主森永に支払い、同会社に依頼して該土地を二回に転売したが、同会社から借り受けた右金員が高利であつたため、ようやく、金千円の利を得たが、これも関係者の接待に費消され、結局、無利益に終つたのである。

以上の次第で、被告は、前記約定に基き、参加人に対し本件乙手形を支払うべき義務なきものといわねばならない。

(3)  そして、参加人は、その後、脱退原告に対し、本件乙手形を譲渡し、さらに、脱退原告からこれが裏書譲渡を受けた者であるとしても、右裏書は期限後裏書であるから、脱退原告の介入の有無に拘らず、被告は、参加人に対し右抗弁を以て対抗しうること勿論である。

と述べた。

第三証拠〈省略〉

理由

第一原告の本件甲手形金請求の当否

(一)  原告主張事実中、被告が本件甲手形を振り出した事実は当事者間に争なく、甲第一号証(本件甲手形)が、その裏書の連続に欠けるところがない事実と、これが、現に、原告の手中に存する事実を綜合すると、原告は、その主張の如くして本件甲手形を取得した適法な所持人であると認められる。

(二)  ところが、被告は、本件甲手形は、本件乙手形の振出により失効した旨主張するから、以下、この点について考察する。

(1)  証人吉田スエノの証言及び参加人(第一、二回)、被告(第一、二回)各本人の供述を綜合すると、本件甲手形は、昭和二十九年三月十日頃被告が、参加人から金五万円の交付を受け、その支払確保のために振り出されたものであることが認められる(右出捐の原因については、当事者間に争があるところ、本件各証拠資料によれば、右は、参加人の供述する如く、同人において被告の求めによりこれを貸与したとみるべきが相当であるが、この点についての認定は、本訴の結論に何らの消長を及ぼすものでないから、格段の判断を省略する)。

(2)  しかるところ、参加人が、昭和二十九年六月二十六日被告から本件乙手形の振出を受けたことは当事者間に争ないところ、証人窪田暹、武内勝(第三回)の各証言及び被告本人(第一、二回)の供述中には、いずれも、本件甲手形は、本件乙手形金額中に包含されている旨の部分が存するのであるが、これらは、いずれも後記認定事実に徴し、にわかに、採用し難く、また、乙第一号証の記載も的確な証拠となすを得ない。すなわち、成立に争ない甲第五号証と、証人吉田スエノ、竹林仁、坂下八百蔵、武内勝(第二、三回)の各証言及び参加人本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、(イ)参加人は、昭和二十九年四月二日被告の依頼により、当時鯖江郵便局に貯金してあつた郵便貯金二口合計金三十七万二千八百九十円を払戻し、即時同局において、内金三十七万円を被告に交付したこと、(ロ)参加人は、被告から右金員に関する領収書或は借用証乃至はこれに関する何らの書類をも受領していなかつたため、近親者の訴外坂下八百蔵は被告から手形を差し入れさせることをよしとし、訴外武内勝を介して被告に右意向を伝えたところ、同年六月二十六日、被告は異議なく、金額を三十七万円とする本件乙手形を振り出すに至つたこと、(ハ)その際、被告は、本件甲手形については、全く、触れるところなく、かつ、その後においても本件甲手形を回収しようとした形跡は窺い得ないこと、(ニ)被告は、本件甲手形の利息として、金千五百円宛を数回に亘り参加人に支払つていること、(ホ)昭和二十九年末頃参加人から本件甲手形の取立委任を受けた訴外竹林仁が、被告に対し該手形金の請求をした際、被告は、何ら、これについて触れていない事実を認めることができ以上の事実を彼此綜合して考察するときは、本件甲手形は、本件乙手形とは関連なきものと認めるのを相当と考える。

叙上の如きである以上、被告の抗弁は、その余の点を判断するまでもなく、明かに理由なきものとして排斥を免れない。

(三)  そして、前掲認定事実に基けば、被告は、原告に対し本件甲手形金五万円を支払うべき義務あること勿論である。しかるところ、原告は、右手形金に対し満期の翌日以降商事法定利率による損害金の支払を求めているが、本件で顕われたすべての証拠を検討しても、本件甲手形が適法に呈示されたとは認め難いから、結局、被告は、本件訴状の送達により始めて遅滞に付せられたものというべきである。されば、被告は、本件甲手形金に対し、訴状送達の翌日たること本件記録上明白な昭和三十一年八月四日以降完済まで、商法所定の年六分の割合による損害金を支払うべき義務はあるが、同月三日以前の損害金を支払うべき義務なきこと当然である。

第二原告の本件乙手形金請求部分に関する判断

(一)  原告は、当初、被告に対し本件甲、乙各手形金請求の訴(昭和三十一年(ワ)第一二八号事件)を提起していたところ、参加人において本件乙手形の譲渡を受けたとして、被告を相手方として本件乙手形金支払の参加申立をしたため、原告は、昭和三十二年九月三日午後一時の本件口頭弁論期日において、該部分につき本件訴訟から脱退する旨申し出たのに対し、被告は、右脱退に対し異議をとどめたことは本件記録上明白である。

(二)  そこで、以下においては、右脱退の効力について考察する。

そもそも、民事訴訟法第七十二条に所謂訴訟脱退の制度は、同法第七十一条により自己の権利を主張するため訴訟に参加した者がある場合、従前の原告または被告は、当事者として訴訟を追行する利益も必要も消滅する場合があるところから、その者は相手方の同意を得て、訴訟から脱退し得るとする反面、判決の効力は脱退者に及ぶこととしたのである。そして、脱退について、相手方の同意を要するとした法意は、脱退により訴訟の終了を来し、その相手方の利益を害する虞があるとしたからにほかならない。ところで、右七十二条但書にいう判決の効力とはいかなる性質内容を有するかは、学説上争があるところであるが、一般に、訴訟の脱退は、当該訴訟における自己の立場を、参加人と相手方との間の勝敗の結果にかからしめる態度であるから、いはば、予告的に請求を抛棄または認諾する性質を具有するものと解される。されば、右にいう判決の効力とは、参加人と相手方との間になされた判決が、脱退者に対して既判力及び執行力を及ぼすべきことを言明しているものと解するのを正当とする。さればこそ、多数説及び判例(大判昭和十一年五月二十二日)は、一貫して、脱退には、参加人の同意を不要となし、その根拠を、右判決の効力により、参加人の地位は保護されている点に求めているのである。

このような見地に立つて本件を考察するに、原告の本件脱退は、被告に対する関係では、被告の勝敗の如何に拘らず、自己の被告に対する請求を抛棄すべく、また、参加人に対する関係では、参加人敗訴の場合には、本件乙手形金債権不存在確認の既判力を受くべきことを、予め、宣言したものと解すべきである。

されば、本件においては、被告は、原告の脱退すなわち、右に基く訴訟の終了によつて害さるべき何らの利益も存在しないこと明白である。このような場合には、被告の不同意があればとて、訴訟は、原告の脱退によりすでに終了したものと認めるのに何らの支障もない筋合であり、かつ、かく解することが、同条の実質的目的に副う所以でもあると考えられる。

(三)  叙上の次第であるから、原告の本件乙手形金請求部分は、原告が昭和三十二年九月三日午後一時の本件口頭弁論期日においてした脱退により、すでに、終了したものというべきである。

第三参加人の請求の当否

(一)  先ず、被告は、参加人の本件参加は、原告の訴訟代理人が同時に参加人の訴訟代理人としてなした点において不適法である旨主張するから、以下、この点について検討する。

本件参加は、さきにも触れた如く、原告において被告に対し本件甲、乙手形金請求訴訟を提起していたところ、参加人は、その後原告から、本件乙手形の譲渡を受けたことを理由とするものであるから、民事訴訟法第七十三条、第七十一条に則りなされたものであることは明白である。そして、本件において、参加人は、被告のみを相手方として参加申出をしているのであるが、同条による参加は、必ずしも、参加前の原告及び被告双方を相手方とすることを要するものではなく、原告または被告の一方が、参加人の請求を認めて争わない場合には、これを相手方とする何らの利益も必要もないのであるから、参加人の主張請求を争う者だけを相手方として参加申立をするを妨げないと解すべきである。

されば、参加人の参加にして、従前の当事者双方を相手取つてなされた場合には、参加人と従前の当事者は、互に、対立当事者を以て目すべきであるから、原告もしくは被告いずれかの訴訟代理人が、同時に、参加人の訴訟代理人となることは、訴訟上の双方代理として無効たること論を俟たない(特に、右訴訟代理人が弁護士であるときは、弁護士法第二十五条違反の訴訟行為ということができる。)しかしながら、参加人の参加申立が、原告または被告の一方のみを相手としてなされたときは、地方の当事者と参加人とは、何ら、対立当事者関係に立つものではなく、別しても、本件における如く、所謂訴訟承継による参加においては、譲渡人と譲受人との間に利害の一致すること多く、したがつて、従前の訴訟追行者たる譲渡人の訴訟代理人が、同時に、譲受人の訴訟代理人として参加申立をなし得るものと解するのが相当である。いま、これを本件にみるに、参加人は、原告との間に何らの紛争あることなく、ただ、本件乙手形の支払義務なきことを抗争する被告に対してのみ、右手形金の支払を訴求して本件参加をなし、原告は、民事訴訟法第七十二条により訴訟脱退をしたのであるから(この点は、前述した)、従前の原告訴訟代理人たる弁護士島田隆信が、同時に、参加人の訴訟代理人として本件参加申立をなしたからといつて、そのことのために、当然、右申立が、不適法となるいわれはないのである。したがつて、この点を言為する被告の主張は、もとより、理由がない。

(二)  そこで本案について検討する。

先ず、参加人主張事実中、被告が、参加人に宛てて本件乙手形を振り出した事実は当事者間に争なく、該手形(丙第三号証、甲第二号証)の記載に徴し、右手形は裏書の連続に欠けるところがないことと、右手形が参加人の手中に存する事実を綜合すると、参加人は、本件乙手形の適法な所持人であると認められる。そして成立に争ない丙第三号証(甲第二号証)表面部分によれば、本件乙手形は、昭和三十年六月二十七日支払場所において適法に呈示された事実を認め得可く、他に、これを覆すに足る証拠はない。

(三)  しかるところ、被告は、参加人との間に成立した協定によつて、本件乙手形の支払義務はない旨主張するので、以下、この点について考える。

(1)  成立に争ない甲第三号証と、証人吉田スエノ、森永孝、武内勝(第一回から第三回)、吉田耕三、小林猛(第一、二回)の各証言竝びに、参加人及び被告(いずれも第一、二回)各本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、被告は、不動産売買を業としている者であるところ、昭和二十九年一月三十日訴外森永孝から、同人所有の福井市田原下町四字四番一、宅地百三十八坪三合二勺、同三番のイ一、宅地五十七坪七合六勺を、代金は一坪当り金一万円合計金百九十六万円で買い受け、翌三十一日手附金二十万円を同人に対し支払つたが、残金の苦面がつかず、ために、当時被告方に止宿していた参加人に対し、右事情を述べて金四十万円の貸与方を申し入れ、右土地が他に高額で転売し得た暁には、右元金を即時返済するは勿論、利益を折半する等有利な条件を以て参加人を誘なつたので、参加人は、第一認定の如く、同年四月二日自己の郵便貯金三十七万二千八百九十円の払戻を受けて内金三十七万円を被告に貸与した。そこで、被告は、翌三日右三十七万円中から二十万円を売主森永に対し支払つたが、なお、残金は調達できなかつたため、結局、訴外福井不動産株式会社の谷内嘉造に依頼し形式は、参加人が谷内から金百万円を借り受けたことにして、これを直接、谷内から森永に支払つて解決することとし、同年六月二十三日、森永に対し金百万円を支払い、前者の土地百三十八坪三合二勺につき、同人から、福井不動産に対し所有権移転登記を経由し、同社において、これを他に転売したが、被告としては、高利で谷内から右金員を借用した形式となつているため、殆んど得るところがなかつたこと(後者の土地五十七坪七合六勺は、森永の申出で解約となつた)、及び、第一認定で触れた如く、参加人は、被告に対し金三十七万円を貸与したものの、被告から何らの証拠書類の差入を受けていなかつたので、被告方を退去した後である同年六月二十六日、被告から本件乙手形の振出を受けた事実を認め得ベく、証人武内勝の証言及び被告本人の供述中、右認定に反する部分は措信しない。

(2)  ところで、被告は、その主張に副う端的な証拠として乙第一号証(覚書)を提出し、同号証中参加人の署名捺印部分の成立については参加人の認めるところであるから、(尤も、参加人はその内容を知らずして署名捺印した旨抗争するが、この点は後に述べる)、同号証は、一応、真正に成立したやに窺われる。そこで、右覚書の記載についてみるに、右書面は、昭和三十年六月二十八日附で、参加人、被告及び武内勝の三者間において作成されたもので、「前記土地に出資の金は、昭和二十九年七月十日残金を支払わなかつたので、手附金八十万円は流れたことを認める」との記載をしたうえ、内訳として「参加人は金三十二万円及び金七万五千円、武内は金二十万円、被告は、金二十三万円」と記し、末尾に、「しかし、被告において、他の土地で利益があつたときは、少々なりとも分与するとのこと」なる旨の記載が存するのである。

以上からも窺えるように、右書面は、措辞甚だ明確を欠き、書面自体からは、とうてい、その意図するところを確知することはできないのであるが、被告本人の供述によれば、ともかく、被告の真意は、前記土地に関する売買は、参加人、被告及び武内の共同事業なりとし、右は、参加人の出資義務違反によつて破約になつたこと、したがつて参加人の本件乙手形による手形金請求はなし得ないことを、参加人に確認させる点に存したことが窺われるのである。

しかしながら、本件で顕われた各証拠資料を仔細に検討すると、参加人が、右の如き趣旨を了解して、右書面に署名捺印したかどうかは相当に疑問の余地なしとしないのである。しかも、前記(1) において述べたように、右土地の売買は、三者間の共同事業とは、にわかに、目し難いこと、参加人の負担する残代金支払義務とはいかなるものであるかは、全く、不明であること、被告は、昭和二十九年六月二十三日売主森永に対し合計金百四十万円を支払つたことにより、すでに、前記百三十八坪三合二勺の土地を買い受け、また、五十七坪七合六勺の土地は森永から解約され、いずれにせよ、被告主張の土地売買は、当時、すでに結着がついていること、本件乙手形は、これと時を同じくして振り出され、しかも、被告は右振出について、何らの異議をもとどめていないこと、本件覚書は、その後一年を経過した昭和三十年六月二十八日作成され、しかも、これが、突如として作成されるに至つた理由は、必ずしも明確とはいい難いこと等、諸々の事実に徴するときは、結局、右覚書によつて、被告と参加人との間に、被告主張の如き約定の成立を肯認することには、いささか躊躇せざるを得ないのである。

そして、この点に関する証人武内勝の証言及び被告本人の供述は、前掲各証拠及び前示認定事実に徴し、とうてい、採用し難く、他に、これを認めるに足る証拠はない。

上来説示の次第であつて、被告の抗弁は、その余の点を判断するまでもなく理由なきものといわねばならない。

(四)  そして、前掲認定事実に基けば、被告は、参加人に対し本件乙手形金三十七万円及びこれに対する満期たる昭和二十九年六月二十五日以降完済まで、手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務あること勿論である。

第四結論

上来説示の次第であつて、原告の被告に対する本訴請求中、本件甲手形金五万円及びこれに対する昭和三十一年八月四日以降完済まで、商法所定の年六分の割合による損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余の損害金の支払を求める部分は失当として棄却すべく、かつ、本件乙手形金及びこれに対する利息の支払を訴求する部分は、原告の脱退により、すでに、訴訟終了したものとしてその旨の宣言をなすこととし、また参加人の本訴請求は、正当であるから認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 神谷敏夫 可知鴻平 重村和男)

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